クマとの遭遇

                                                                                       2011.8.14
                                                                                       宮島 陽子

 私の12年の登山歴でクマとの遭遇は4回ありますが、その4回目に恩若の峰(山梨県)付近でクマに襲われ、怪我をしてしまいました。その体験から思うのは、クマはどこにでもいて、クマとの遭遇リスクをゼロにする事は出来ないが、遭遇リスクを低くする方法はいくつかあると言う事です。そして不運にも遭遇してしまった場合の対応について、私なりの考えをお知らせしたいと思います。

 

<クマとの遭遇体験>

 過去のクマとの遭遇体験は下記のとおりですが、特別な山奥ではなく普通の林道や多くの人が歩いている山道で、遭遇している事に驚かれると思います。本当にクマはどこにでもいると言うのが私の実感です。

 

@  20015月に新穂高温泉からロープウェイのシラカバ平駅に車で向かう途中、人間でいえば中高校生くらいと思われる痩せたクマ(初め犬かと思った)が、車のすぐ前を横切った。駐車場の管理人に事実を伝えたが、観光客減少を気にしてか当初無視された。何度も告げるとやっとそのクマが近くに住んでいる事を認めた。その辺りは観光客も歩く所なのに、クマ注意の看板もなく心配した。このクマは明らかに人や車の存在を知りながら、林道を何度も横切っていたと思われる。

 

A  20055月早朝に切明温泉から佐武流山に向かう林道を2名で歩いていた時、私達に気付いた(当然鈴は付けていた)子グマがびっくりして急に林道に飛びだし、子犬のような泣声をあげながら、山の上の方に駆け上がって行った。泣き声はずっと続き、かなり上の方に逃げた事が理解される。その間、親グマの気配は全くなかったが、近くに潜んでいる事は明らかであり、私達は15分位じっとして動かなかった。その後親グマも子グマの安全を確信していると判断して、登山を続行した。その林道は山菜採りが多く入る領域である。

 

B  200811月昼間に飯豊連峰南の鏡山中腹を2名で歩いていた時、67m手前の左の藪から右の藪へクマが横切って行った。クマは私達に気付いていないかのように思われた。その時も当然鈴を付けていたが、クマは藪の中にいて、鈴の音は聞こえていなかったと思われる。

 

C  2011814日、単独で山梨県の源次郎岳から恩若の峰への登山道で、親子グマに遭遇し襲われる。鈴は付けていたが、登山道が直角に右に曲がっており、音はクマには聞こえなかったと思われる(詳細は次の項目に記載)

 

D  その他直接遭遇はしていないが、すぐ近くにいた事が明らかな以下のケースがある。

  ・下仁田の物語山近くの阿唱念の滝に2名で向かっていた時、私達に驚いたクマが沢に落ちその後

山に駆け上がる音を聞いた。

・残雪期尾瀬で出会ったグループの前を、たった今クマが横切ったと聞いた。

・残雪期毛猛岳への取付きで、先に登った単独行がクマに遭遇したが、驚いたクマは崖から落ちた

と聞いた。

  ・その他直前にクマが近くにいた事を示す臭いを嗅いだり、足跡や糞を見る事多数あり。

 

<クマに襲われた時の状況>

 今年の814日、山梨県の源次郎岳から恩若の峰へ単独で歩いている時、恩若の峰手前の右に直角に曲がる所で、親子グマに遭遇してしまいました。鈴は鳴らしていましたが、小走りに下っていたため、角を曲がったら7mくらい手前に急にクマがいたという状況です。

 すると驚いた子グマが私の方に走ってきて、私のすぐ近く(1m50cm)の木に登って逃げたのです。その段階で私と親グマの間に子グマがいるという不幸な状況になってしまいました。

 すると親グマが私の方に登山道をゆっくり歩いてきたので、私は親グマに「何もしないから安心して良いよ」とアイコンタクトを送り続けると、私の1m手前まで来た親グマはUターンして戻ったのです。

  気持ちが通じたかと思いましたが、子グマが木の上にいるので3mくらい戻ると、また私の方に歩いて来ました。今度もアイコンタクトを送りましたが、心が通じなかったか子グマを守るためか、今度は立ちあがって右手の爪で私を襲ったのです。私は左手と顔の左をおでこから口まで引っかかれてしまいました。

  その後親グマは斜面を8mくらい走って下り、今度は私をめがけて斜面を駆け上がって突進してくるので、今度は本気だと感じました。私はストックを持たないのでクマと戦う手段がありませんでしたが、何もしなければ殺されるか、死なないまでもズタズタにされると思いました。それ以外の方法を思いつかなかったので、立ちあがって飛びかかってきた親グマの眉間を、思い切り左足(登山靴は強固)で蹴り上げたら、それが非常にうまく当たり、今度は親グマは斜面を50m以上走って下って行き、戻って来ませんでした。

クマが立ちあがると丁度クマの顔が私の肩の辺りになるので、その高さまで蹴り上げたとイメージしていましたが、そんな高さまで足が上がるはずが無く、実際はクマの立つ位置が低かったのが幸いしてクマの眉間に届いたのだと思います。

  親グマは子グマを置いて逃げて行ったので、私は頬の出血をバンダナで抑えながら、その場から10分ほど歩き、クマが追ってこない事と携帯が通じる事を確認し119番しました。出血は心配でしたが、歩く事に支障が無かったのは幸いでした。防災ヘリを出してくれる事になりましたが、ヘリの降りられる所はなく、現場から1時間ほど恩若の峰を越えて雑木林の登山道を塩山方向に歩きました。上空にヘリから降りて来られるくらいの1m四方の隙間のある所で位置を連絡し、そこで救出され救急病院に運ばれました。危険を顧みずにヘリをホバリングさせて救助して下さった山梨県消防防災航空隊の皆様には、感謝の念が絶えません。

 

<クマと遭遇しないための反省点>

 登山者は山菜採りやキノコ採りの人より、クマに襲われるケースが少ないように思います。それは登山者は鈴などの音を出して登山道を歩き、人間の存在をクマに知らせているためと思われます。一般的にはクマは臆病で、出来れば人と会いたくないと思っていると言われています。

 しかし半面、富山県など毎年、クマは畑に下りてきて人を襲っています。これは餌のある所を知ったクマは、人を恐れないと言う事でしょうか? 人を恐れないクマに対してはお手上げという感じがしなくはありません。

また記憶に新しい20099月の乗鞍畳平バスターミナルでの事故は、人の大勢集まる場所で起きています。この事件の引金については、NPO日本ツキノワグマ研究所や日本熊森協会の見解が発表されていますが、結果としてはクマを興奮させてしまい、あのような大事故になってしまったようです。 

過去の事故を見ると、絶対にクマに合わない方法はないと思いますが、登山者として遭遇リスク特に至近距離での遭遇を減らす方法を反省も込めて私なりの考えを記載します。

 

@  止められませんが単独登山はなるべくしない。4名で巡視路を歩いていた東電の社員がクマに襲われた事故もありますが、団体が襲われた話は聞いていない。(北海道の福岡大や三毛別のヒグマ事件等は除く)クマは自分より強いと思った相手は襲わないそうです。反対に自分より弱いと判断すると襲ってくるらしい。

 

A  単独・少人数で歩く時は鈴などの音を出す物を付けるのは当然だが、音に対する過信は禁物である。やまびこでもわかるように、音は障害物のない直線方向にしか届かないと言う事をいつも自覚する。私自身もすぐ近くにいる仲間に、笛の音が届かなかった体験を何度かしている。登山道が曲がっていたり、岩等の障害物があったり、周囲に藪があったりする場合は、クマに音が届いていない可能性が高い。大きな沢の音がする場合も同様である。

 

B  見通しの悪い場所では、前後左右にクマがいるかも知れないという意識を持ち、小走りや早歩きはしない。走ると音の届く時間が短くなり、突然クマに遭遇するリスクが高まる。3年前に奥多摩で、有名な登山家である山野井氏がクマに襲われたのもジョギング中であり、私の事故も小走りで下っていた時である。

 

C  単独・少人数で歩く時は、鈴の他大きな音の出る笛やラジオ等を持つ。ストックで岩をたたきながら歩くのも有効であり、もしもの場合の武器になる。音を過信するのは良くないが、大きな音の出る物を複数持ち、特に見通しの悪い所では意識的に音を出す。私も北海道の単独行では、ヒグマ対策で鈴を4個も持ち、見通しの悪い所では立ち止まって大きな音を出してから慎重に進んだが、今回は近場の一般的な低山と油断したのもいけなかった。

 

D  クマの足跡・臭い・糞等クマの存在を示す状況に気を付けるが、それらがなくとも油断しない。普段は臭いに敏感な方だと自負する私も、今回は事故前にも臭いを感じなかったし、3回もクマと至近距離で対面したが、動物臭がしなかった。雌は臭いが少ないのか、繁殖期とか時期により臭いに強弱があるのか不明である。

 

<クマに遭遇してしまったら

 不幸にしてクマに遭遇してしまった場合は、実行するのは難しい気もしますが、下記を参考にして頂ければと思います。

 

@  クマとの距離がある程度あれば、クマの目を見て「何もしないから安心して」とやさしく話しかけながら、ゆっくり後ろに下がるのが良いと言われている。

私の場合も後ろに下がった方が良かったのかも知れないが、近過ぎた事、子グマがこちらに逃げてきた事、道が直角に曲がっていて下がると親グマが視界から消えてしまう事から後ろに下がれなかった。

走って逃げてはダメ。クマは逃げる物を追いかける習性がある。

 

A  いろいろ情報を見ても、クマの弱点は顔です。襲ってきたら、やられる前にクマの目、鼻、眉間を攻撃するのが一番。パンチした人もいますが、怪我は免れないのでストック等で突くのが有効だと思う。私のように足でキック出来れば良いが、立ちあがったクマの顔の高さは身長約160cmの私の肩の位置になり、足が届かない可能性がある。私の場合はクマが下から襲いかかってきたので、幸い足が届いたように思う。

クマの腹などを攻撃しても、効果は弱いと思う。また中途半端な攻撃は、却ってクマを興奮させるようなので、一撃でクマにダメージを与える事が大事である。

 

B  ちなみにネット情報によると、大事な頭を抱えて丸くなるとあるが、背中、お尻、手を引っかかれたり齧られたり、ちょっと恐ろしい気がする。

 

C  不幸にして怪我をした場合、単独の場合自分で連絡しなければならない。携帯が通じなければ万事休すだが、携帯(山はドコモが繋がりやすい)は所持し、常に自分の位置を把握し登山道を頭に入れておく。私の場合もクマに襲われた後、出血を抑えながら救急隊と携帯で連絡を取りながら歩いたので、地図を落してしまった。

 

 出来ればこのような場面に合わないよう、気を付けて山を歩きたいと思い、私の体験をもとに思うところを記載しました。

蛇足ですが、北海道のヒグマは本州のツキノワグマの3倍以上も大きいので、襲われたら対応は難しいと思います。トンガラシのクマスプレーも売られていますが、これも風向次第では自分の方にトンガラシが飛んでくる可能性もあり、完全ではない気がします。単独は避け(これが難しい)、ひたすら大きな音を出し続け、周囲に注意するしかないのでしょう。


戻る